永代供養関係ブログ

このページはブログ形式で、宝性寺永代供養・樹木葬関係について不定期に更新しております。

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永代供養・都市型霊園

2020年

10月

02日

南浦和駅前慈しみ庭苑販売開始

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2020年

7月

13日

永代供養精霊盂蘭盆會厳修

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2020年

6月

26日

樹木葬型墓地 第二期 販売

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2020年

4月

21日

朝粥会中止の朝

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2020年

3月

29日

3月29日(日) 雪の永代供養堂

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2020年

3月

17日

春彼岸会厳修

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2020年

2月

04日

永代供養堂石碑建立

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2019年

9月

20日

花立てが出来ました

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2019年

9月

20日

令和元年秋彼岸会

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2019年

8月

20日

大施餓鬼会厳修

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2019年

8月

13日

本堂にてお盆供養

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2019年

7月

13日

永代供養精霊盆供養法要厳修

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2019年

6月

11日

梅雨の永代供養堂

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2019年

5月

25日

宝性寺永代供養堂の内部

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2019年

5月

16日

墓地中央にある永代供養堂

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2019年

5月

08日

永代供養

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2019年

5月

02日

南浦和永代供養の合祀

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2019年

5月

01日

令和元年最初の法要厳修

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2019年

4月

23日

さいたま市南区南浦和駅前の永代供養堂

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2019年

3月

19日

『永代供養尊霊碑銘録』

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2019年

3月

18日

春彼岸会厳修

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2019年

1月

29日

永代供養・樹木葬

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2018年

9月

20日

秋彼岸会

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2018年

6月

03日

南浦和霊園 永代供養という言葉

"永代供養"という言葉について

永続的(お預かりして一生)に寺院が責任を持ってご供養をする。という言葉の俗語として耳にするようになっております。

"身寄りがない方のご供養''というニュアンスで受け止められがち、イメージとして世間で広く浸透されているようですが、近年では仏さま、故人さまのお弔いの仕方として"仏さまが寂しくならないご供養"として永代供養の様式をお探しの方が増えているようです。

ただその他の理由としては経済的な部分もあることを寺院として忘れてはならないと感じております。

宝性寺はJR南浦和駅の目の前という恵まれた立地にあり、これまで檀家さまにより護られてきた寺院ですので永代供養のお布施についてはその檀家さまのご供養に則った供養料をご提示させていただいております。
毎日のご供養料40円の365日の32年分ほどを前預かりさせていただいているのが基本です。

ただ経済的に"安価"にてご供養をお探しの方に1/5ほどでお預かりするご供養もご案内をさせていただく事になりました。

安価という言葉もそうですが、ご供養に対して大きな誤解が生まれることも想定されますので書面でのご案内はここではご遠慮させていただきます。

永代供養をお探しの方は気軽にお問い合わせ下さいませ。

2017年

10月

07日

宝性寺の考える永代供養とは

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2017年

7月

11日

ご供養とはどなた目線なのか

ご供養は故人を弔うもの、故人がご遺族に弔われるもの。ちょっとしたことですが、供養に対しての目線の違いがあります。

ではどちら側の考え方が正しいのでしょうか?

どちらとは言えませんが、近年、ご供養についても多様化されているような気がしています。
どちらでもないような気がしていまして。
その中で「永代供養」というご供養方法を宝性寺では目を向けるようになりました。

「永代供養」という言葉を聞くとどのように思われますか?
敢えてここでは言いませんが、まだおそらく多くの方が同じような印象をお持ちになられるかと思います。

20年前、「携帯電話」というとたいへん高価な物で贅沢なもの。という印象を多くの方がお持ちになっていました。

これから「永代供養」は先の目線とは多少の違いがある生きておられる方が、自分の供養といえものに目を向けようという時代が来た時に、自分目線からのものになっていくような気がしております。

宝性寺は「永代供養」という現代に聞き慣れた言葉でも信仰というものに寄り添いたいと考えております。

どういうこと?
興味のある方は、是非ご連絡ください。

2017年

7月

07日

お弔いという事を考えてみました

最近、宝性寺の行事にお越しになる方から、”供養”というものの新しい考え方を聞きました。


その方は、先祖のお墓があり、それを日守する跡取りもいらっしゃるにも関わらず、先祖墓を閉じて永代供養墓にご先祖をお預けしたというのです。


先祖墓があるのにどうしてですか?!


その答えはとてもシンプルでした。

私達夫婦も高齢になって中々いけないの。そして息子達は忙しいし、もしも自分達が入ったと考えたら年に何回か遠方から来いというのは悪いじゃない?かといって寂しいと分かってる場所に埋葬されるのもなんかね。

それなので先祖墓を閉じて永代供養墓へ私達は入ると決めたの!だって永代供養だと常に華やかで誰が常に手を合わせてくれるのよ♪


嬉しそうに話されたその方の話を他の方々に話したところ、寺院に集まる方の多くは同じような感覚の方が非常に多く、改めて「永代供養」という言葉尻の受け止め方が新しい感覚に世間が変化しているということに気づかされました。


そして「永代供養」とは寺本位の話だけではなく、手を合わせる方の願いでもあるということを気付かされたのです。


その願いが集まる墓所として”永代供養墓”というものが必要となる事を知り、身寄りがあるなしに関わらず、多くの願いや信仰が集まる場所となるものになるなのだということを教えていたのです。


本来の故人を弔う。をかんがえた時、今生きている人が、信仰に寄り添って生きてらっしゃる方が思う弔いに対する願い。

寺院はこれにも耳をしっかり傾けなければならない時代になっているようです。